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第二言語で面する壁

 

本地 祐彦が書いた論文:言語ニュアンスと文化的背景ー心情を表す形容詞的伝達の壁ー

から文書を抜粋し、考察してみました。

 

この論文を読む上で押さえておきたい理論

チョムスキーによる言語獲得理論(生成文法

人間は初めから言語を獲得する装置を脳が有し

それが均質の同一言語の共有を可能にしている。

 

私たちはコミュニケーションを取る時、言語を用いるか非言語(表情やジェスチャー)を用いるか日々選択している。

今日において人間のコミュニケーションとは何か

1 人間が何かを伝えようとした時、言語を用いるか用いないかその選択は自由である。

2 人間が何かを伝えようとした時、言語を選択して伝えられるものは文法的規則と社会言語学的条件によって大きく影響される。

3 人間の言語による伝達とは、言語獲得装置によって得た均質の言語に社会言語学的的条件を加えることによって成り立つ。

 

 第一言語は赤ん坊の時から体験することで習得するのに対し、第二言語は大人になってから机に向かって第一言語と照らし合わせながら習得していく。そのために実際に運用した際、実際体験して習得した人とギャップが生まれる。

第一言語を体系的に習得した後に大人が第二言語の習得を目指す場合 

 

言語とは情報伝達、コミュニケーションのために使われる。共有される物の対象をお互いが理解しておらねばならず、別のコミュニティで育った人同士では共有できない概念がある。

我々が話す言葉はその音と意味の恣意的な結びつきである概念を表出する。

青い+空 広い+海

どれも人類共有の財産とも言える不可侵の領域であり、記号が持つ意味にズレを生じさせることはありえない。

コミュニケーションを図る人間同士の母語が違っても、基底となる概念の普遍性が崩れることはない。

他の言語に置き換えることを許さない独自の概念がそれぞれの民族にある。

それが「通じない」を作り上げる。

 

 

言語表出を滑り抜けた人間の「余白」がある。

他者は表出された記号をなんとなくその意味を分かったフリをして聞き流している。

 

 

人間の内に持つ複雑な感情とは、個人の感受性によって程度の差こそあれ、喜怒哀楽の四分割では到底済まされない、実に厄介で掴み所のない世界である。

一体その心情は如何なる基準で測ることが可能であろうか。心情を理解するとは、ことばでは言い尽くせない共感するものをそこに認め、そして、正に何となく自分の内にその気持ちを持つという事である。その"何となく"もまた概念に含まれるのである。

 

私はこの論文を読んで頭の中がクリアになりました!

相手と通じあえなくても、自分を責めないでそういうものなんだ。気長に伝えればいいんだ。と思いたいです。

言語ニュアンスと文化的背景

ー心情を表す形容詞的伝達の壁ー

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