Yuka Banshuu

If there is a will, there is a way!

自伝 20歳シェアハウスに至るまで

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2020年4月

川辺が桜でいっぱいになるころ、

春学期の開始時期は延期になった。

社会が波打つ中、

学校が再開されることを期待し、実家には戻らずに下宿先のアパートで過ごす事にした。

 

私は当時、留学を目指していた。

2年ほど努力を重ねていたところであった。

TOEFLの勉強と日本に来ている留学生とオンラインの授業を受けて日々を過ごした。

週に2回だけ、学習塾のアルバイトに行っていた。

 

春学期は結局、オンライン授業で始まった。夏休みが始まる時期は変わらないのでほんの2ヶ月ほどであった。

 

四六時中ひとりで過ごすのは辛かった。気分が落ち込み、学業に身が入らない。

無気力になっていた。

オンライン授業が始まってからは

頑張って取り組んでいたつもりが、提出物やテストを忘れてしまっていた。

春学期が終わり、成績が発表された。

すごく悪かった。基準に満たなかったため、

留学生の候補から落とされてしまった。

 

とぼとぼ歩いて 近所のお寺に行き、

やるせなさで号泣した。

頑張ったのに上手くいかなかった。

家族に応援してもらったのに成果が出せなかったのが申し訳ない。

くやしい。

もうチャンスはない。

そんな気持ちだった。

 

7月末夏休み

むなしさを紛らわすためにアルバイトを始める事にする。

面接に行ったり求人に応募するも、

なかなかうまくいかなかった。

結局、駅構内のスタンドカフェに受ったが、

気合は入らず、初日に遅刻をした。

 

ひとりで部屋に居ると、寂しくて涙が溢れてくることが多くなった。

実家に帰るという選択肢は、自分が思い描く未来から遠ざかってしまう。

「留学してひとりで違う世界に飛び込んで、キャリアを見つけたい。」

「そのためにはひとり暮らしくらいできなきゃいけない。」

 

目標を失ったことと寂しさ、社会から受ける不安感が私の精神に打撃を与えた。

どんな決断をしたらいいのか分からず悩み、

悩むことで苦しくなっていく日々。

「このままではいつまでもこの状態から良くならない。」と思い、

言語聴覚士の先生に話を聞いてもらった。

話していくうちに本当の気持ちがポロポロと言葉になって出てきた。

留学の選考に落ちたこと、

成績が不良だったこと、

さみしいこと。

実家に帰るか迷い、迷う事で苦しくなっていくことを伝えた。

 

「元気が100%中、何パーセント残ってる?」

「30%くらいです。」

「それなら元気が0になっちゃったら、そこから立ち上がるのは大変だから、すぐに実家に帰った方がいいよ。」

1ヶ月実家に帰って休む事にした。

 

塾長は、

「今嫁さんがそんな感じだから、分かるよ。1ヶ月休んでね。」

と言ってくれた。

カフェの店長も、

「私もストレスから適応障害を患ってしまったから、そうなる前に休む事が大事だよ。」

と言ってくれた。

そして、9月から1ヶ月間実家に帰った。

 

実家では自分が心地いいと思うことだけをした。

絵を描いたり、日記をつけたり。

甥っ子と遊ぶと、"いま現在ここに在る自分"に引き戻してくれた。

スピリチュアルの動画を見て、その人のズーム瞑想に参加した。

女性の企業立ち上げを応援する人たちのFacebookコミュニティにも入って、この先の道を模索した。

 

10月新学期がオンラインで開始された。

迷ったあげく、

「また帰ったら何かが変わってるかもしれない!」

と思い、とりあえず下宿先のアパートに戻った。

すると、友人が帰ってきていた。

友人が今よりもいいアパートを探していることを聞いた。

私は以前下宿をする前に友達とシェアハウスをしようとしていた。その時に探した物件を紹介した。

「この友人とシェアハウスをすることで何か変わるかもしれない。」

と思い、誘ってみると 友人は賛同してくれた。

すぐに一緒に住むための段取りが進んだ。